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著作物における「アイデア」と「表現」(金魚電話ボックス事件)

■ 金魚電話ボックス事件
 下の写真の左が原告の作品、右が被告の作品です。
著作物における「アイデア」と「表現」(金魚電話ボックス事件)
原告作品は、現代美術家の山本伸樹氏(原告)が1998年に制作、発表した「イメージ」と名付けられた作品であり、被告作品は、金魚の名産地として知られる奈良県大和郡山市に2014年2月22日から2018年4月10日まで設置された。
原告は、被告作品に対し著作権侵害を主張して訴訟を提起たところ、一審の奈良地裁では、原告作品を著作物と認めつつも、著作権侵害を否認したが(奈良地判令和元年7月11日、裁判所ウェブサイト)、控訴審(大阪高判令和3年1月14日、裁判所ウエブサイト)では著作権侵害と認定された。
判断の分かれ目は、どこまでが「アイデア」でありどこからが「表現」であるかの見方の違いです。「受話器から気泡を発生させる」点の判断を中心に記します。

 

■ アイデアにすぎないと認定した地裁
奈良地裁は、原告作品について、「公衆電話ボックス様の色・形状・内部に設置された公衆電話機の種類・色・配置等の具体的な表現」に創作性があるとして著作物と認めたが、受話器から気泡を発生させる点については、アイデアにすぎないと認定した。
「多数の金魚を公衆電話ボックスの大きさ、形状の造作物内で泳がせるというアイデアを実現するには、水中に空気を注入することが必須となり、公衆電話ボックス内に通常存在する物から気泡を発生させようとすれば、もともと穴が開いている受話器から発生させるのが合理的かつ自然であるから、アイデアが決まればそれを実現する表現の選択肢が限られるために創作性はない。」と説示しています。
その結果、電話ボックスの色や形状の相違を重視し、著作権侵害を否認した。

 

■ 創作性のある表現と認定した高裁
大阪高裁は、「人が使用していない公衆電話機の受話器はハンガーに掛かっているものであり、それが水中に浮いた状態で固定されていること自体、非日常的な情景を表現しているといえるし、受話器の受話部から気泡を発生することも本来あり得ない。」と受話器の状態及び受話器から気泡が発生することを「表現」であり、鑑賞者に強い印象を与えると認定した。そして、この点と金魚の数がほぼ共通することを挙げ、電話ボックスの色や形状などに差違があるとしても、これらは表現上の創作性のない部分、ありふれた表現や鑑賞者が注意を向けない表現にすぎないとして、著作権侵害を認定した。

 

■ アイデアと表現
「電話ボックを水槽にみたてて金魚を泳がす」というコンセプト(アイデア)があるとき、コンセプトは表現ではないので著作物ではない。電話ボックスの形状を新たに創り出せば、それは表現として著作物となり得るであろう。しかし、本件の電話ボックスは既存の電話ボックスと目立った違いはない。水槽であることによって電話ボックスとしての機能を喪失しているのだから著作物であるというのが原告の主張であり、デュシャンの「泉」を引いている。「泉」が著作物であるならば「電話ボックス」も著作物と認めてよいように思うが(地裁)、高裁は創作性がないとしている。
「受話部から気泡を発生させる」ことをアイデアだというならば、地裁の判断になるのであろうが、高裁は「受話部から気泡が発生しているという表現」を評価している。
複数の要素で構成される造形は、基本的なアイデア(コンセプト)と、各要素についてのアイデアとが絡み合って創作される。どこまでをアイデアといい、どこからを表現というかはとても悩ましい問題のようである。もっとも、「受話部から気泡を発生させる」ことがアイデアだとしても、その表現は複数考えられるのであり、受話器を水中に浮いた状態で固定することをアイデアというのは困難であろう。

 

(INTERMARK コラム 2021.2.19掲載)

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